花火とお言葉

東日本大震災のあと、仙台市で津波の被害にあった家のお掃除などをやっていた”スコップ団”という人たちがいます。
彼らが1年間の活動の締めくくりに仙台の泉ヶ岳の上から花火を上げたのです。
その数は、震災でなくなったり行方不明になった人と同じ2万。
天国にいるその人たちに捧げるために、雪の中で粛々と上がっていく花火。

その様子がUstreamで中継されているのを見ていました。
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夏の花火大会とは違い、演出など無しで上げるだけでも、小一時間を要していました。
それほど2万という数は、多いのです。
地震や津波の大きさを少しは理解していたような気でいたけれど、まだまだでした。

忘れないように、しなくては。


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心臓のバイパス手術をうけるにあたり、天皇陛下が心配されたのは追悼式への出席がかなうかどうかだったと知り、当日のスピーチが気になっていました。
震災の直後から皇居で節電生活をされたり、各県の避難所を訪ねられる様子をみるうちに、日本において天皇の存在というのは、「国民のために祈る人」なのだなぁと実感するようになりました。”象徴”と習っただけでは掴み所がありません。振り返れば、過去の様々な災害に際しても、同じような行動をとられていたのだと思います。

今回のスピーチ(お言葉)は、被害を受けた方への哀悼だけでなく、援助してくれた諸外国への感謝、助け合う人の間に見えた希望、そして、原発事故とその事故処理についての意識まで、誰を攻撃するでなく、悲しみに訴えるだけでなく、まとめられていると思いました。
この1年あちこちで使われた「絆」という言葉も、この中でなら浮つかずに受け取ることが出来ます。

この美しい(--という形容が陳腐に感じられますが)日本語の文章を読み返すことによって、この震災に関して自分の出来ること、してはいけないことをしっかりと考える軸になるのではと、貼っておくことにしました。





東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。

 1年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。

 さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。

 この度の大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、深くねぎらいたく思います。

 また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。

 被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。

 今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。
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by daysofWLA | 2012-03-10 18:10 | Pray for Japan | Trackback | Comments(0)
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